小説表現の極地 「ボヴァリー夫人」フローベールの解説 「必読書150」太田出版

「必読書150」の中でわたしがもっとも「冴えわたっているな」と思うのが渡辺直己の文章だ。
断定的で大仰な言い回しはあまり慣れてない人にとっては「ギョッ」とするものだろうが、「本当にすごいもの」について、あるいは「本当に愛するもの」について語るのであれば、そのくらい「当然」と思わなければ。
小説表現に興味がある者にとって「絶対」と言える作品がフローベールの「ボヴァリー夫人」。
渡辺直己は次のように書いている。

この作品を熟読玩味するたびに讃嘆の思いを新たにする者のうち、そこに理筋が絡めば文芸理論家が生まれ、嫉妬が勝てば小説家が生まれる。前者にとって一編は小説技法の宝庫である(自由間接話法、三人称における話者と視点人物間の距離の伸縮、焦点移動、時間処理、細部描写の共鳴性、心内語の波及効果,等々)。後者においては、「ボヴァリー夫人はわたしである」という作者の言葉を、いつの日か自作について口にしうることが見果てぬ夢となるだろう。

    「必読書150」太田出版

この記事へのコメント

2025年11月28日 22:57
(。・ω・)ノ゙ Nice‼です♪